8割方フィクション

6割の時もある

嗚呼マヌルネコ

マヌルネコ”という不思議な生き物が、ずっと私の脳内に居座っている。



ヌルネコは現存する中では最古のネコ属である。言うなれば家ネコの御先祖なのだが、体長以外の特徴は家ネコとはかなり異なっている。
まず耳が横っかわについている。そして目の位置は高い。身を隠す場所の少ない草原で、小さな岩陰に伏せて隠れながらも辺りを伺うことができるようになっている。
瞳孔はヒトの眼のように常にまるい。加えて表情がとても豊かなので、いっそうヒトに近く見えることがある。
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(※残念ながら再使用の許可された写真はほとんど真顔ばかりであったが)
ところでTwitterで「マヌルネコ」と検索すると、マヌルファンの方々が投稿された様々な表情のマヌルの写真が拝めるのでお勧めしたい。
かれらは冬の寒さ厳しい高山住みであるから、冬になると蓄えた脂肪と生え変わる毛とでとてつもなくモフモフになる。むしろ「モフモフモフモフ」と重ねて形容した方がいいかもしれない。うって変わって夏毛はとてもすっきりしている。
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もふ……(冬毛)
狩りなどの際はカクカクとした動きを見せる。まるでロボットのような……とよく形容されるそれは、野生の不思議な印象をこちらに与える。
かれらは野生の強さを持っているが、細菌には弱い。寒冷地で暮らしてきたためだ。ゆえにヒトは手を触れられない。動物園で飼育する際も、念入りな消毒や間接飼育*1などが行われている。



がかれらの存在を知ったのは一年ほど前のことであった。

当時私はほとんどテレビを見ていなかったが、その日はたまたま某公共放送局の或る動物番組を見ていた。その番組のミニコーナーで偶然マヌルの特集が行われたのだ。
私はまず、そのコミカルさに笑ってしまった。モンゴルの調査隊に捕まえられて身体検査を受け、されるがままにその腹の脂肪をさぐられているその姿は、小さい頃カートゥーン・アニメーションで見たふてぶてしい猫のようで、たまらなく面白かった。



どなくして、マヌルネコについてネットで色々調べ写真を見ていくうちに、その印象は徐々に変容していった。
最初面白いとしか思わなかったかれらの顔も、もっさりとした冬毛も、全てがたまらなく美しいものに思えてきたのだ。
かれらのするどい眼は琥珀のように不思議な色合いをしている、円い瞳孔は小さくなるといっそう恐ろしいように視線がとがり、大きくなるとうって変わってとても柔らかな感じになる。パソコンの画面越しに偶然その眼がこちらと合う時、一瞬茫然としてしまうような衝撃を覚える。ひとが恋に落ちる時、「心臓を矢で射抜かれる」*2という形容が使われるが、まさにこの感覚なのかもしれない。それほどの力をマヌルネコの視線は持っている。
学名はOtocolobus manulsといい、Otocolobusとは「醜い・耳」という意味である*3__ある価値観ではこの耳の形と位置を「醜い」とするのかもしれない、だが私には自然の奇跡とでも言うべき美しい偶然の造形に思われてならない。
冬の、特に寒い地域での姿は特に素晴らしい。その姿は神々しさとキュートさを併せ持っている。特筆すべきはその後ろ姿で、背はもちろんのこと比較的大きく発達している臀部と明らかに太い立派な尻尾が冬毛により強調されており、見ていると言語化の難しい「たまらなさ」を覚える。夏毛の時もそのすっきりとした(依然として「もふもふ」自体は維持されているが)小さな姿に愛おしさを覚えてしまう。



の柔らかであろう毛に触れたい、抱きしめたいという感情は、しかしかれらの性質としてある、「病原体への抵抗力の弱さ」により決定的に阻まれている。雑菌の多い人間に生まれてしまったゆえにかれらに一生触れられない事は悲しいことかもしれないが、それ故に私はかれらを自分の中でより神格化しているような気がする。

ある種冒涜的な発言かもしれないが、かれらに触れられないことそれ自体がかれらの美しさをより”確かな”ものとしているように思われてならないのだ。
触れることが出来ない故に、我々(あえてこの表現を使わせて頂く)はかれらの柔らかさと暖かさ、美しさを己の思考の中で想像し、その虚像を脳内に結ぶ____美的存在としてのマヌルネコという観念は、本物のマヌルネコを見た際にその実像に反射され、また反映される。マヌルネコの美しさに人が気づく時、かれらの美しさはよりいっそう輝く。

もはや私の拙い語彙から生み出される美辞麗句ではとうてい描写できない。上に必死こいて記してみたものの、”本物”を見た時のあの感覚には及ぶべくもないのである。

無駄に長文を読ませて申し訳ないが、ここまで読んでくださった方々には是非とも本物のマヌルネコさんに会うか、ネットで実際の動画を調べるかして頂きたいものである。
ただ現在は新型コロナウイルスの影響により閉園する動物園も出てきているので、後者の方がずっと容易で安心な方法であると思われる。



ころで、現在かれらはヒトによる密猟等によりその個体数を減らしており、IUCNのレッドリストにおいては準絶滅危惧種に指定されている。
希少な動物であるかれらを守るためにどうしたらよいか?という話であるが、まずはかれらについて知る事が第一歩である。かれらは家猫と似ている部分が多いが、ペットではなく山猫であり「飼えない」事、また絶滅に頻しているという現状、その為に保護活動が行われている事を知ることが何よりも大事なことである。
周りにマヌルネコについて伝えるのも一つの方法である。インターネットでだんだん人気が上がっているものの、マヌルネコ知名度はまだまだ低い。
また、保護活動を行っている団体にコンタクトし支援を行うのもひとつの方法として考えられる。例えばPICAプロジェクト*4に携わっているWild Cats World*5や、マヌルネコのいる世界各地の動物園など、多くの団体が絶滅からの保護の為に取り組んでいる。



て、来たる4月23日国際マヌルネコの日である。
PICAにより2019年から制定されているこの日は、マヌルネコについて学び、知ること/知らせること等を目的としているという。
この機会にぜひ、マヌルネコについて詳しく勉強してみたり*6、動画や画像を見たり、SNSでシェアしたりして、マヌルネコの魅力に癒され、楽しまれてみてはいかがだろうか。

*1:飼育員さんが直接手を触れないような飼育方式

*2:現代の感覚からするとやや古風かもしれないが……

*3:「耳が短い」という意味とする説もある

*4:Pallas’s cat International Conservation Alliance。公式サイトはこちら。 pallascats.org

*5:公式サイトはこちら。www.wildcatsworld.org

*6:PICAよりマヌルネコについての資料等が配布されている。(残念ながら日本語版はまだ無いようだ)ダウンロードはこちらから可能 pallascats.org